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更新日 2021.6.8

金は「インフレヘッジ」にならない? リスクヘッジと金

金による「リスクヘッジ」とは?

そもそも「リスクヘッジ」とは

リスクヘッジとは、辞書的には「起こりうる危険を予測し回避する」という意味です。

元は金融取引において損失を避けることを示す金融用語としての使い方がそのはじまりで、英語では「risk hedge」と表記し、「risk」は「危険」、「hedge」は「防止策」や「保険」を意味します。

現在では広く一般でも危険回避や、危険に対して保険をかけるという意味合いで一般に使われ、単に「hedge」だけでも「大損を防ぐ、リスクを回避する」と言う意味を持ちます。

金によるインフレヘッジとは

インフレヘッジとは、インフレーション(物価の上昇)によって通貨の価値が相対的に目減りするリスクを回避することですが、金はインフレヘッジの手段として好まれます。

金を代表とする貴金属や宝飾品、森林地や不動産など、インフレ時に値段が上昇する現物資産を購入することで、保有資産の相対的な価値の減少を防ぐことができます。ただ、これには、インフレにより保有する資産が上昇することにより価値が上昇する不動産株などや、物価上昇率(インフレ率)に応じて元本が調整される物価連動債(インフレ連動債)などの債券を保有することによってインフレヘッジを行うことができるという考え方もあり、一概に金が最も優れているとは限りません。

金は伝統的なリスクヘッジの手段

時代や環境の変化によって最適とされるリスクヘッジの方法は変わります。

しかし、金は、過去数千年の間、国家崩壊のリスクの最後の保険として機能してきました。

近年では国際組織の強化や情報技術の向上により、予想できない危機が発生するリスクは低いと考えられてきましたが、新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大(パンデミック)が改めて、予想できない極端な事象が社会経済に大きな影響を与える可能性があることを示したことで、「有事の金」が見直されています。

金がインフレヘッジとして輝くとき

金は「悪いインフレ」の時に役に立つ

金価格は基本的に、景気が低迷する中、インフレ懸念が高まると上昇します。

原則として、債券投資は満期まで定期的な利子の額が確定しており、インフレによりモノとサービスの価格が上昇すると、利子で購入できる量が減少して行くため、魅力が弱まります。また、景気への悲観的な見方が強まると、株式市場は下落し、市場が各国の中央銀行に利下げあるいは低水準の金利維持を促します。このため、インフレヘッジとして金が好まれます。

1970年代には2度の石油危機(オイルショック)が起き、石油価格の上昇によって原材料価格が上がり、産業界のコスト構造が急速に変化した結果、スタグフレーション(景気停滞とインフレの同時進行)が発生しました。また、賃金上昇や原材料価格の上昇などによって発生するインフレのことをコストプッシュインフレ(またはコストプッシュ型インフレ)と呼び、俗に「悪いインフレ」とも言われます。

つまり、金はインフレヘッジの手段と呼ばれますが、より正確には、景気後退の際に発生するコストプッシュインフレに対しての、リスクヘッジ手段として買われます。

スタグフレーションへの懸念

現在は、新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大(パンデミック)の影響によるスタグフレーションが危惧されています。コロナ禍により、企業は従業員の体調管理にこれまで以上の配慮とコストをかけざるを得なくなったこと、また、あらゆる業界でサプライチェーンが寸断され、輸送コストの上昇や輸送スケジュールへの信頼性低下、労働力不足などの混乱が発生したためです。

また、2020年秋以降、半導体不足が続いています。新型コロナウイルスの影響でテレワークが世界中で広がり、パソコンなどに使う電源管理用の半導体がまず足りなくなりました。さらに世界最大の中国の自動車市場の回復を受け、半導体不足で車の生産が制限される事態になっています。世界経済の柱となる自動車産業とコンピューター産業の回復に足かせが掛かっていることは、大きな懸念材料です。

日本では、企業の生産活動が大きく制限を受けている。インフレに誘導するアベノミクスの影響と新型コロナが招いた生産性の低下により、コロナ収束後のスタグフレーション危機を指摘する声もあります。

執筆時点(2021年6月時点)から見れば後付けとなりますが、金が上昇するのも当然の環境だったと言えます。

金は「インフレヘッジ」にならない?

金のインフレヘッジへの懐疑論

一方で、金はインフレヘッジにはならないとする考え方もあります。

実は、その考え方も間違っている訳ではありません。

これは、金を投資対象として見るか、万が一の備えとして見るかという視点の違いです。投資対象として見る場合、金がインフレヘッジの手段になるには、インフレ率よりも高いリターンを得なければなりません。しかし、米国のインフレ率と米国ドル建ての金価格の年毎の変化率を比較した場合、インフレ率と金の価格には余り相関がないとされます。

これは、金価格の変動率がインフレ率よりもかなり大きいためです。

下図のチャートでは、米消費者物価指数(CPI)から変動の大きい食品とエネルギーを除いたCPIコアをインフレ率として用いています。

年毎の米消費者物価指数と金価格の変化率の比較

出所:米労働統計局

投資期間を長くした場合、金価格はインフレ率に概ね沿った動きとなっています。ただ、10年程度の期間で見た場合、インフレ率の動きとは関係なく、物価全体を表す消費者物価指数に対して金価格が割高か割安かでリターンが決まる傾向が強いとの指摘もあります。

短期では金のインフレヘッジとしての効果はあまり高くない

金現物スポット価格と米CPIコアの実数値を共に、1984年の時を1として比較したチャートが以下のものとなりますが、1990年代から2000年代前半にかけては物価上昇よりも下回るパフォーマンスしか発揮できていなかったことが解ります。

米消費者物価指数とドル建て金価格の比較

出所:米労働統計局

このような結果になるのはある意味必然で、経済が正常に成長している時の金のリターンは、商品市場でレバレッジを掛けるなどの特殊な状況を除くと、短期的な投資であれば、外国為替や株式、債券などへ投資した方が期待されるリターンは大きくなります。

一方、景気拡大時のインフレに対して、金はモノとしての価値しか持たないため、物価上昇につれ価格が上昇するものの、短期売買が主流となる現代の投資の視点から見れば、「インフレヘッジ手段としてあまり効果が高くない」と結論になることにも、一定の説得力があります。

1990年代から2000年代前半にかけては欧州主要中央銀行が大量に金を売却したため、金価格そのものが押し下げられていたことや、インフレ率と金価格の変化が乖離していたことも、インフレヘッジとしての金が懐疑的に見られる理由のひとつです。

なお、インフレヘッジとしての金に否定的な研究でも、100年以上のような超長期間で見れば効果がある可能性や、ハイパーインフレ時には効果があることが示されています。また、異常な事象が起こった場合の、テールリスクをヘッジする効果は期待できるかもしれないとされています。

英国の金売却

「ブラウンズボトム」

前述のように、1990年から2000年代前半にかけては欧州主要中央銀行が大量に金を売却していました。特に英国は1999年から2002年の間に401トンの金準備を売却し、金市場で「ブラウン氏の最低値(ブラウンズボトム)」と呼ばれる底値を引き起こし、ドル建てNY金は1999年8月25日には1トロイオンス=253.8ドルの安値まで下落しました。この価格は、ブラウン元財務大臣が金準備売却の告知をした1999年5月6日の高値291.2ドルから40ドル近い下落となりました。

また、現在同様に当時の金地金販売市場の決済や清算の中心であった英イングランド銀行は、金鉱会社が弱気市場で将来産出する金の売却価格をヘッジするため、また投機家が空売りをするための金を、低い金利を受けて貸し出しており、このことも金価格が下落する要因となりました。

その後、英国の金売却により金価格が大幅に下落したことで、1999年9月に、欧州中央銀行(ECB)と欧州各国中央銀行14行による共同声明の形で第一次ワシントン協定が結ばれ、公的金売却には制限が設けられました。これにより、金価格は持ち直しました。

英国の金売却前後のドル建てNY金価格推移

過去の遺産とされた金

2007年から2010年に、米国の住宅バブル崩壊により、世界金融危機が発生したことを知っている現在からみれば、英国の金売却は明らかな失策です。

しかし、当時は情報工学と金融工学の発達によりデリバティブ取引が台頭する中で、金融商品によりリスクヘッジが可能であるため、実物資産による価値の裏付けという考え方は軽視され、金利のつかない金を保有するよりドルに換えて保有するというアイデアが「最も優れている」と考えられていました。

1990年代後半は、経済成長が長く続き、株式市場もITバブルに沸く中で、欧州ではユーロが導入され、欧州大陸の主要西欧諸国は新たな政治的プロジェクトを単一通貨で推し進める中で、主要4国(米国、ドイツ、イタリア、フランス)を除くほぼ全ての西欧の中央銀行が金準備の売却を行い、金本位制とブレトンウッズ体制の名残ともいえる金準備高を減少させました。伝統的なリスクヘッジの手段として金の役割は既に終わり、その価値は過去の遺産とみなされたのです。

英国の金準備

出所:IMF

時代や環境の変化によって最適とされるリスクヘッジの方法は変わります。

英国の金売却は、当時は最善と思われた方法でしたが、その後の環境の変化により失策となったケースであり、最適なリスクヘッジ方法を探る難しさを教えてくれます。

「有事の金」

米ソ冷戦の時代と「有事の金」

時代の変化により評価が変わるものとして「有事の金」という言葉があります。

「有事の金」という言葉は、1960年代から70年代の米ソ冷戦の時代、核戦争が起きても「実物が残る」ことから、金が「最後のよりどころ=ラストリゾート」として注目されたのがきっかけとされます。1970年代後半から1980年代前半にかけ、ソ連のアフガン侵攻やイラン・イラク戦争が勃発するなど、多くの中東危機が発生する中で、金価格が急騰したこともこの印象を強めました。

紆余曲折を経て1989年12月に米ソが冷戦の終結を宣言、1991年12月25日をもってソ連が消滅すると、冷戦中には幾度か存在した偶発的核戦争の危機がほぼ無くなくなると、「有事の金」は役割を終えたと見なされました。

その代わり、米ドルや円、スイスフランが「安全資産」とされました。

これは、戦争が発生しても全面核戦争のような終末事象には至らないことや、米国は強国であり、日本やスイスは戦争を起こさない安全な国と考えられることなどが背景にあります。また、IT技術や金融工学の発達により、投資対象が増え、資産の組み合わせにより、全体のリスクを低く押さえられるため、金塊に拘らなくてもリスクヘッジが行える環境になったことも一因です。このため、戦争の発生という「有事」に対し、金の反応は鈍いものになりました。

金融危機という新たなる「有事」

しかし、技術の発達により、世界各地での金融投資が結びついたことは、新たなリスクを産み出していました。2008年9月15日、資産規模米国証券第4位のリーマン・ブラザーズが破綻しました。いわゆる「リーマン・ショック」です。

2007年の米住宅バブル崩壊に端を発した、低所得者向けローン(サブプライムローン)などの大量の焦げ付きが原因で発生した金融危機は、瞬く間に世界中に波及。また、信用収縮が起こる中で、2009年11月25日に「ドバイ・ショック」が発生。ソブリンリスク(国の信用リスク)に市場が注目する中で、ギリシャ政府は債務統計を大幅修正。この結果、欧州連合(EU)欧州委員会が2009年11月公表したギリシャの同年財政赤字予想は国内総生産(GDP)比で3.7%とされた、12.7%にいきなり跳ね上がり、市場を震撼させました。(「ギリシャ債務危機」)

この金融危機といる新たな「有事」をきっかけに欧州を中心に富裕層の金購入が増加。一連の流れの中で金価格は上昇しました。

金融危機におけるドル建てNY金価格推移

金融工学の限界と「ブラック・スワン」

「ブラック・スワン理論」とは経験からは予測できない極端な現象(事象)が発生し、その事象が人々に多大な影響を与えることを言いますが、デリバティブトレーダーとして長年働き、その後認識論の研究者となったナシーム・ニコラス・タレブ氏が、2006年に刊行した著書「ブラック・スワン」で説明されたこの理論が注目されたのはこの頃でした。

金融工学の発展は、コンピューターの演算の高速化に支えられていますが、その演算には「全てのリスク」を含める必要あります。

冒頭で説明したように、リスクヘッジとは、辞書的には「起こりうる危険を予測し回避する」という意味です。しかし、経験から予測できない極端な現象(事象)が発生した場合、計算に含まれないそのリスクはヘッジできません。(正確には、価格の急変に対してリターンを確保できる保証がなくなります)

「有事の金」が再評価され、ポートフォリオの一部に含めることが推奨されるのは、このような事情があります。

パンデミックと「有事の金」

最近では新型コロナウイルス感染症の国際的な拡大(パンデミック)という誰も予想できなかった「ブラック・スワン」に対し、「有事の金」として金が買われました。

ダウ平均株価とドル建てNY金価格

2020年1月2日の終値を100%としてパンデミック中の値動きを比較すると、金がかなり強力に資産を防衛していたことが解ります。

ダウ平均株価とドル建てNY金価格の変化比較

幸いなことに、従来と比べ遥かに短期間でワクチンが開発されたことで市場は沈静化していますが、経済を下支えるために各国中央銀行が行った金融緩和の縮小時期は未だに目途が立っていないため、現在はコストプッシュインフレが発生する懸念に対するヘッジとして金が買われています。

「有事の金」という言葉は古いものと考えられていましたが、時代が変わり環境が変わっても、環境そのものが破壊された時の保険として再評価するべきかもしれません。

最後に:金価格の下落に対するヘッジは必要?

現実的な話になりますが、金価格は常に上がり続ける訳ではありません。

また、短期的なインフレヘッジなら、金でなくても良い部分もあります。

お酒やタバコなどのし好品の方が他者と交換する際には優れ、必要が無くなれば自分で消費しても良いと小回りが利きます。また、金塊は金利を生まないため、倉庫代などの保有コストを掛ける場合は保有しているだけで損になる場合もあります。宝石などの希少価値が高いものの方が短期的なインフレヘッジとして優れているという考え方もあります。

ただ、長期的なインフレヘッジとして考えると、希少性が高く、腐食せず、時代を超えて価値を維持し、どこでも換金できる金が最も優れています。これは、紀元前6000年頃のメソポタミア文明の遺跡から宝飾品が発見され、現在まで形を変えて人々を魅了し続けてきた金の歴史的な重みによるものです。欧米では銀も投資対象として人気がありますが、手入れを怠ると表面が酸化するためか、日本ではあまり投資が活発ではありません。

歴史的には、仏教の世界では、金は七宝(しちほう)のひとつに数えられています。他には銀・瑠璃 (るり) ・玻璃 (はり) ・硨磲 (しゃこ) ・珊瑚 (さんご) ・瑪瑙 (めのう)となります。

瑠璃(洋名ラピスラズリ)などは宝石としての価値に衰えはありませんが、価格と言う面では低価格になっています。これは、1984年のアフガニスタンの内戦で、同国政府が大量のラピスラズリを西側諸国へ売却して戦費を稼いだ結果、安価に市場に出回り、供給過剰のため希少価値が薄れ、価格が低下してしまった例です。

金も歴史的には、英国の金売却のように世界の中央銀行が売却したことで価格が低下した時期があります。しかし、通貨としての価値をもつことから現在では高騰し、希少性も保たれています。

金は人工的に作ることができないことも、価値を保証します。正確に言うと、理論上は水銀から生成可能で、1リットルの水銀(約13kg)に必要量の放射線を1年間照射し続けて、10g程度の金が得られるとの研究結果がでていますが、コストがかかり過ぎて商用には向きません。

なお、採掘可能な金の埋蔵量とは別に、地球の核の最も内側の部分に大量の金が含まれているではないかとの示唆もされています。直接採掘することはできませんが、海底熱水鉱床などで十分な量が採掘されるようになれば、供給増加により価格が下落する可能性はあります。しかし、その場合は日本の海底から希少資源が採掘され、商業化しているということであり、金価格を意識しなくても好景気に沸くと考えられます。日本に住む我々は、その好景気による恩恵で金価格の下落分を補えるため、安心して金を保有してよいと思います。